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唯一褒められた読書感想文
何をやっても空回りする今日この頃。
そういえば、唯一色んな人から褒めてもらった読書感想文があったな、と
思い出しました。
課題図書は、佐野洋子さん著の『100万回生きたねこ』。
縞模様の猫が印象的な表紙の絵本です。
読書感想文を書いた’(書かされた)のは、確か中学生の時で。
まあ性格のきつい先生からも、同級生数名からも、なぜか同級生のお母さんからも
褒めてもらった謎事件がありました。
でもどこを探してもその書いた文章は残ってなくて、何を書いたのかもさっぱり
思い出せません。多分、書いて返却されて早々、捨てた気がします。
早々に捨てたから、その当時も今も、唯一あったかもしれない自分の良い視点が
分からずじまいです。
何をどんなことを書いたんだろうなって思います。
あれから10何年。kindleでポチって、読んでみました。
あらすじ
1匹のオスのとら猫がおりまして。その猫は、どういうわけか何度も生き返ります。
愛されては死に、別の生として、生き返り。また別の飼い主から愛される。
数奇な人生(猫生?)を辿るのですが、たった一度野良猫として生きたことがありました。野良猫として生きた時、とら猫は美しい白い猫と出会います。そして猫は…。
感想。条件付きの愛?(ネタバレあり)
とら猫は、色んな飼い主たちから”愛される”わけですが。
本当の意味で愛されていたわけでは、無かったのだろうなと思うのです。
雄猫は条件付きで、”愛されていた”わけです。
サーカスのビジネスパートナーとして。あるときは寂しい老人の愛猫として。
またある時は、船乗りのお供として。
何かしらの役割を求められて、それにはめられるようにして生きていた。
飼い主たちは、とら猫を愛していたと思ってるから、猫が死んだときに
それはそれは泣くのです。
でも、とら猫じゃなくてもきっと、飼い主たちは号泣したんだと思います。
役割を果たしてくれた存在が、いなくなってしまったことに対して泣いているだけだったのでしょう。
とら猫がお供をしなかったり、老婆の膝の上に乗ったりしなければ、
きっと死んだときに泣くことも、愛していたということもなかったでしょ?
そんな風に、とら猫は直感していたのではないか、と私は想像してしまいます。
他人が求めてきた役割を全うする人生だから、
愛されていなくて、自分自身を愛せない人生だから、
痛みも死も自分のものとして捉えられなくて。
だから何度も生き返ることができてしまったのではないか、って。
でも唯一であった白猫は、自分に役割を求めなかった。
肩書のある自分を求めてはこなかった。
白猫がとら猫を愛していたのかどうかは、本当のところわからないけど。
でも「条件付きに愛されているわけではない」、その居心地の良さが、
とら猫自分自身を肯定することになって、愛することになって。
誰かの痛みを自分の痛みを、切り離せないようになれて、それで最後に
たった一度死ぬことができたのかなって。
この話、
とら猫はひどいやつだ、好きじゃない、っていう意見もあって、
賛否が分かれるみたいですね。
共感性の高い素敵な人こそ、そう思ったりするのかもしれないって思ったり。
実際、この猫、嫌な奴なのかもだけど。
でも、悪い奴ではないですよね、多分。最後誰かのために泣けてるし。
虐待とか、愛着障害、情緒的ネグレクトとか、そういうようなニュアンスを示しているようにも感じる作品だなって思います。
自分も、誰かのために泣いて苦しくて、ちゃんと最後に1回死に切れたらいいよなぁ。
おしまい。
