たびより日常(仮)

ひとりで毎日ご機嫌に過ごす方法

雑記。コミュ力こわい。ギャグセン高めの犬を見ながら考える。

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内容

 

『コミュ力』こわい

『コミュニケーション能力』という言葉が、私はどうも苦手です。

苦手というか、どこかこわく感じます。

得体が知れないといいますか。

 

就活や、求人募集、ビジネス書だとかにしょっちゅう登場してくる、この言葉。

見かけるたびに、

「具体的になんなんだよ。」

とモヤモヤしてしまいます。

 

モヤモヤして、いちいち引っかかってしまうのは、

私自身の”コミュニケーション”への自信のなさの表れなのだろう、

不得手だからなのだろう、と自覚しています。

 

うちの犬のコミュ力

さてさて。

時々ブログに登場する、うちのシニア犬はなかなかに話の分かるやつです。

そして、ギャグセン(笑いのセンス)というものも、なかなか理解しています。

面白くて、良い奴です。

なので、今まで一緒に暮らしてきて、

伝わらないストレスを感じたことが、ほとんどありません。

あるとしたら、体の具体的な不調でしょうか。

(胃がキリキリするとか、むかむかする、とか。)

 

●●だから、出来ないんだよ。

●●だから、~してほしんですがいいですか?

なんて感じでお願いしたりすると、うちのシニア犬は、

たいてい協力的な動きをしてくれます。

嫌なものは嫌、と言って非協力的なことはありますが、

オリジナルの芸も2,3回で覚えてくれました。

物わかりのいいやつです。

 

例えば、

外で排泄をしたい犬VS大雨過ぎて外に出てほしくない私、というときには、

「大雨だから、足がドロドロに濡れちゃうんだよ。

だから家でトイレしてほしいです。」

と伝えます。すると、シニア犬は不満そう。

 

でも実際に玄関のドアを開けて見せてやると、

「あ~。本当にびっしゃびっしゃだ。」という感じで空を眺めて、

諦めて部屋の中に入ってくれる。

 

日によっては「雨なので今日は絶対に嫌です(外には出られません)。」

と言葉で伝えるだけで、実際の空を見せなくとも、諦めてくれます。

 

ある夜、吠えてうるさいときに、

「お散歩ですか?」

と聞くと、固まって動かない。

 

「ブラシ(ブラッシング?」

と聞くと、ちょっと後ずさりして逃げる。

 

「おやつ?」

と聞くと、うなづきます。

 

あるいは、すっぴんの時に

「ぱわ坊可愛い?」とふざけて、質問してみると

一瞬固まって答えず、同居人を探すそぶりをします。

又は、そっぽを向いて固まったまま、聞こえないふりをしたり。

 

それだけならたまたまか、と思うのですが、そうでもないのです。

美容院へ行った日や、ばっちりメイク&おしゃれをした日に限っては、

「ぱわ坊可愛い?」と同じように質問してみると、

一瞬止まって、じっくり顔を見つめてきます。

 

そして、うん、と頷いたり、あるいは尻尾を振りながら、

前両足を伸ばして嬉しそうにしてくれるのです。

 

でも美容院へ行った日の翌日や、寝起きのまま同じ問いかけをしようものならば、

またそっぽを向いて聞こえないふりをする。

確信犯です。

なかなかに、センスのある犬だと思ってしまいます。

 

 

 

同じ質問をしたとて、答えはいつも同じとは限らない。

違うときはそっぽを向いたり、肯定の時はうなずいたり、

尻尾を振りながら後ろ足で立って見せたり。

状況や、反応を見る限り、伝わっている証拠なのだと思えます。

 

私とシニア犬の間には”コミュニケーション”が成立している、

うちのシニア犬は、”コミュニケーション能力”が高い(ある)と感じてなりません。

親ばか?犬ばか?、って言ったらそうかもしれませんが。

 

今ここで、コミュニケーション能力に””(強調っぽい記号)を付けたのは、

あくまでも私とシニア犬、人間とシニア犬の間に限った話だから。

 

うちのシニア犬は人間に対しては、先述のようなコミュ力を発揮するのですが、

犬同士ではどうやら苦手なようで、下手くそに見えます。

コミュニケーションが、上手いこと成立していないな、って感じる場面も多々見受けられます。

 

すれ違っただけで急にぎゃん吠えされたり、

距離を詰められると、それはまあ不安そうな顔になったり。

まあ、相手の子次第では仲良くなれたり。

犬見知り(犬同士のコミュニケーションが苦手気味)の人間好き。

人見知り(人同士のコミュニケーションが苦手気味)の動物好き。

自分を見ているようで、ちょっとなんとも言えない気持ちになります。

お前もか…、って。なんか、ごめんよ、って。

 

コミュニケーション能力って、なんなんだろう。

今もどこか不器用ですが、昔と比べたら、

はるかに犬同士のやりとりも上手になっている、うちのシニア犬。

コミュニケーションって慣れによるものも大きいのだな、と

思えます。

 

しかしそうは言っても、やっぱりちょっと苦手そう。

ぐいぐい匂いをかがれたりするのが苦手だったり、

1枚のトイレシートには1回しかトイレできなかったり。

置いてある場所によって、吐く、小便、大便と、トイレシートを使い分けたり。

失敗したときは、とりあえず励まさずに放っておいてほしかったり。

神経質で、独自の考えやルールがあるらしい、うちのシニア犬。

私とちょっと似ています。

 

 

 

私とシニア犬の間では、

妙なこだわりがあったり、考え方の傾向が類似・共通しています。

だから、求められている答えが想像できたり、すり合わせたりすることが、

比較的容易。

ゆえに、私とシニア犬の間では円滑なコミュニケーションが成立している、

シニア犬には”コミュニケーション能力がある”と感じているのかもしれません。

 

対して、

犬同士ではそこまでの神経質な傾向や考え方が、共有できないから、

求められている答えが想像しにくかったり、すり合わせ方が、ちょっと難しい。

頭をフル稼働させて、やっとこさできる感じ。

犬によっては、似たような子もいて、その場合は円滑に進む。

…みたいな感じなのだろうか、と想像します。

 

コミュニケーション能力って、常識(共通認識)力、

(もとめられていることを)察する力、すり合わせる力、

って言い換えられるのかな、とぼんやり仮説が出来上がってきます。

 

少なからず、私とシニア犬の”コミュニケーション”の基礎には、

それらが、横たわっていて、達成されている気がします。

つまり、こだわりの方向がよく似ていて、相手の求めていることの想像がついて、

伝え方の方法や傾向が分かっているから、

伝わらないもどかしさを感じたことが殆ど無いのだろう、と思えます。

 

そして、この3つは、私が苦手に感じているものなのに気づきます。

あながちこの仮説って間違ってもない?

 

色々考えて、それっぽい感じにまとまりそうですが、やっぱりわかりません。

 

コミュニケーション能力って、なんなんだろう。