たびより日常(仮)

ひとりで毎日ご機嫌に過ごす方法

言語化するって難しい。日々の会話が綱渡り。

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今回は、弱気のつぶやきです。

書くにしても、話すにしても、

言語化するって、難しいなとつくづく思います。

 

 

何かを見たり、聞いたりしたとき。

なにか良い物を感じ取っているのは確かなのだけれど、

備忘録(ブログ)を付けるたびに、

「よかった」

「感動した」

「すごかった」

この辺りの表現しか使えてないなぁと、思います。

考えたことがあったのか、なかったのか自分でも分からない始末。

実際、考えとかが持ててないのかも。

 

読んでいて、薄っぺらくて

なんかつまらんなぁと、自覚ありです。(汗)

 

<言語化するのは難しい>で済んで、見て見ぬふりできたらいいのですが、そうはいかないのが現実。

 

趣味のブログがつまらない、というだけなら良いけれど、

言っていることが伝わらない、伝えられないとなると、致命的。

 

誤解を生んだら居場所が危うくなったりすることもあるわけです。

トラブルになったことはないけれど、

日々どぎまぎしながら、暮らしてます。

 

 

昔からこんなだったっけ、と思い返すと

そうでもなかった時もあります。

 

私は、人と話すのが苦手(嫌い)すぎて、

学生時代は3年位誰とも話さなかった時期があります。

それでもその時は、頭の中に考えは少なからずあって、

筆談とかで文章にすることはできていたわけです。

 

しかしそれから、だいぶ経ちまして。

テンプレート的なやり取りだとかは、出来るけれど

それから外れた意思のやり取りや言語化だったりは、その時よりも出来なくなったように感じます。

 

なんでだろうなぁ。

 

一つ思い当たるのは、英語を勉強しなくなったこと。

誰とも話さなかった学生時代でも、唯一得意だったのが英語。センター試験でもなかなかの好成績。

その頃は、人と話すのは嫌いだし苦手だったけど、今ほど、文章の組み立て方がさっぱり分からない、感想や意見が持てないということはなかったような気がします。

 

英語の勉強と、(言語化や伝達といった)意思の疎通に何かしらの関係があったりするのかしら、と想像したり。

そんな、<もしかしたら>にかけて、

また勉強してみようかなと思うときもありますが、実際には気力もなく。

 

毎日の会話や、その言語化が精一杯。

常時、綱渡りの気分です。

 

どうしたら良いのかが分からないのが、苦しいところ。

そして誰に相談しようとも、綱渡り状態が伝わらないのも苦しいところ。

 

どうしたもんじゃろのう。

下手でもとりあえず書くしかないかな。